40代オッサンtrrymtorrsonの雑記

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「団塊世代型キャリアモデル」から「金八先生」の教師像が生み出された。『肩書き捨てたら地獄だった』宇佐美典也 著

 こんにちは、40代オッサンtrrymtorrsonです。

 

 復職して一か月半経過しました。

 子どもはコロナ休校で3人とも在宅。子どもに振り回されて妻が疲弊してきました。僕はヘタレのため、帰っても仕事で疲れて家のことはほったらかしなので、妻がキレ気味です。

 誰かがツイッターで「韓国はとっくにオンライン授業をバンバンやっている。日本の学校は子どもが2か月も家にいるのに、学校から何の動きも働きかけもない」とつぶやいていました。たしかに。何の動きもないなあ・・・。

 僕は教員ではないし、教育問題の専門家でもありませんが、娘が3人いるので(しかもコロナ休校で3人とも在宅)、少しは教育に関心があります。

 また、自分が割と公務員に近いサラリーマンしてますが、仕事に押しつぶされて休職した経験があるので、労働問題にも多少関心があります。

 

 先日、前屋毅著『ブラック化する学校』という本について書きました。 

      

 

 「少子化なのに、なぜ先生は忙しくなったのか?」

 僕が思うに、戦前戦後の教育は「軍隊の規律」という一つのものさしで当たれば良かった。しかし「軍隊的教育」が崩壊してからは、学校が「第二の家庭」を担わなければならなくなった。そのため、子ども一人ひとりに合わせたものさしを用意しなければならなくなる。ざっくり言うと、それで先生は忙しくなったんだと思います。

 僕は今、多読チャレンジをやっていまして(本業に復帰してから停滞気味)、宇佐美典也さんの『肩書き捨てたら地獄だった 挫折した元官僚が教える「頼れない」時代の働き方』(2014年発行)という本も読んでいます。

    

 

 この本は、経済産業省のエリート官僚の著者が、国家公務員を辞めて独立しようとしたら、全てを失ってどん底まで転落、その後徐々に這い上がっていくという非常に興味深い体験談と、労働環境やフリーエージェントで働くということに関する、客観的で分かりやすい解説で構成されています。

 さっき戦後教育に関する僕の見方を書きましたが、宇佐美さんがこの本の中で、今のような教育環境が生み出された背景について、非常に分かり易く解説している箇所があります。

 戦後の激しい労働闘争を経て、次のような「団塊世代型キャリアモデル」ができ上りました。

〇 学校卒業後、新卒という採用枠で、同期数名が一斉就職(一括採用方式)

〇 入社と同時に、企業ごとに設けられた労働組合に加入(企業別労働組合

〇 長期間にわたって一つの会社で勤め上げ、人事異動を通し、様々な部署で社内教育を受ける(長期雇用・企業内教育)

〇 年を重ねるごとに、徐々に賃金が上昇していく(年功序列型賃金)

〇 定年になると会社から出ていく(定年制)

 こうした企業の方針の変化に、企業だけでなく、学校や行政機関、司法機関も連動していきました。

 たとえば、学生を抱える中学校や高校側も企業の動きに呼応し、就職課などを設置。それぞれの企業に合った人材を推薦という名目で送り込むようになりました。企業としては確実に労働力を確保できるし、学校としても学生の就職を保証される。ウィン・ウィンのシステムだったといえます。

 当時の学校の先生は、教育や就職先の世話まで一貫して学生の面倒を見ることになりました。こうした事情から先生は学業だけでなく、生徒の生活・進路、いわゆる人生全般に関与すべきという、「金八先生」のような教師像を生み出すことになります。

 

 戦後数十年続いた教育は、こういう「団塊世代型キャリアモデル」を背景とした、世界的に見たら特殊な労働環境、経済環境のもとで生み出されたものであり、当時の社会情勢を反映したものに過ぎなかった。

 宇佐美さんは、他の識者も指摘するように、「団塊世代型キャリアモデル」は今後も長く続いていくものではなく、これからはフリーエージェントのような働き方も当たり前になっていく、と本書の中で議論を進めていきます。

 さっきの「少子化なのに、なぜ先生は忙しくなったのか?」という問いに戻れば、以前の記事で文科省財務省、産業界の要請があったと書きましたが、‟先生は学業だけでなく、生徒の生活・進路、いわゆる人生全般に関与して、「団塊世代型キャリアモデル」に適応した人材を育成するという教師像をずっと求められてきた”という背景があったように思います。

 「価値観が多様化した」「学校がブラック化している」。そこで思考停止するのではなく、言うまでもないが「団塊世代型キャリアモデル」はもう終焉したのであり、そういう社会情勢を踏まえて、教育の在り方も変わっていって当然です。

 変化を求めることが、かえって教員に負担を強いているのかもしれませんが、古い教育観の上に新しい教育観を積み上げて多様化するのではなく、捨てるべき仕事、捨てるべき教育観は何かという見極めが必要なんですね。

 

☟『ブラック化する学校』前屋毅(青春新書/青春出版社)   

ブラック化する学校 (青春新書インテリジェンス)

ブラック化する学校 (青春新書インテリジェンス)

  • 作者:前屋 毅
  • 発売日: 2017/02/02
  • メディア: 新書
 

☟『肩書き捨てたら地獄だった 挫折した元官僚が教える「頼れない」時代の働き方』宇佐美典也(中公新書ラクレ)  

 

trrymtorrson.hatenablog.com

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