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「ワークライフバランス」への否定的な意見

こんにちは、50代オッサンtrrymtorrsonです。

 

僕は40代の半ばになって仕事の意味を見失うような挫折を経験して、それからは、「仕事に全振りすると非常に危険だ」という考えです。

それで、ずっとワークライフバランスについて考え、実践してきたつもりです。

 

ところが、ネットの記事などを眺めていると、「ワークライフバランス」という考え方に異議を唱える人もいて、それにも一理あると思います。

 

今回はそのことについて考えてみます。

 

 

「ワークライフバランス(WLB)」という考え方に否定的な意見

 

「ワークライフバランス(WLB)」という考え方に否定的な意見は、大きく分けて「概念そのものが現実に合わない/誤解を招く」という批判と、「政策・職場運用の文脈で弊害が出る」という批判があります。

以下に代表的な論点を整理します。

 

概念への否定・懐疑(“バランス”発想そのものへの批判)

 

「仕事」と「生活」を二項対立にしてしまい、誤った前提を置く

WLBは「仕事=悪/生活=善」のような含意を生みやすく、両者を厳密に分けて釣り合わせる発想自体が現代の多様な働き方・生き方に合わないという批判があります。

 

「常に均衡」は幻想で、現実的に達成不可能

仕事も生活も予測不能な出来事(繁忙期、家族の病気、突発対応など)に左右されるため、恒常的な均衡を目標にすると「できない自分」を責める構造になりやすいという指摘があります。

医療現場のように責任が重い職種では、WLBを強く意識するほどストレスや不安が増え、「できていない」と感じてしまう(失敗感を生みやすい)という見方も示されています。

 

「仕事」の定義が狭く、ケア労働などを見落としやすい

例えば育児・介護など、生活側にも大きな負荷がある活動があるのに、WLBの語り方次第ではそれらが「仕事以外」として周縁化されるという問題提起があります。

 

目標としてのWLBが空虚で、「何を大事にするか」を逆に曖昧にする

「バランス」自体が目的化すると、本人が本当に望む状態(挑戦に寄せたい時期、家庭に寄せたい時期など)の優先順位が見えにくくなるという批判があります。

その結果、「ワークとライフの配分」ではなく、両者を混ぜて設計する“ブレンド(work-life blend)”の方が実態に近いという見方も出ています。

 

社会・職場運用への否定(“WLB軽視”や“強制”への懸念も含む)

 

「WLBを捨てる」といった政治家・経営側のメッセージが、長時間労働の正当化に使われうる

日本では、高市早苗氏の「ワークライフバランスという言葉を捨てます」といった趣旨の発言が議論を呼び、「国のトップがそう言うと、WLBを軽視する企業が増えるのでは」という懸念が調査・報道で示されています。

同発言をめぐっては、「時代錯誤」「過労死を礼賛するのか」といった批判も報じられ、WLB否定が「過重労働を促すメッセージ」として受け取られうる点が争点になりました。

 

そもそもWLBを実現できない人が多く、「きれいごと」「特権」に見える

現場が人手不足の業界や代替が効きにくい職種では、WLBを語っても実態が追いつかず、「バランスを取れない側」が置き去りになるという問題意識があります。

その文脈で、WLBの一般論が“現実から乖離した理想論”に聞こえる、という反発が生まれやすいとされます。

 

まとめ(どんな否定意見が多いか)

 

否定的意見は主に、

▶「仕事と生活を分けて釣り合わせる“バランス”発想が現実に合わない」
▶「WLBを軽視する(または捨てる)言説が、長時間労働の正当化や圧力につながりうる」
▶「実現可能性に格差があり、できない人を苦しめたり、きれいごと化する」
 といった方向に整理できます。

 

参照した主なソース:

Work–Life Balance: Hopeless Endeavor or Rather, a True Privilege? - PMC

The problem with work-life balance: it's actually a rollercoaster - Ness Labs

ワークライフバランスを捨てざるを得ない馬車馬たち|なつのしん

高市首相の「WLB捨てる」 働く女性は肯定? それとも否定? | 毎日新聞

 

僕自身の経験で言うと、いずれの見方もちょっと違う気がしています。

自分の仕事の出来がいいか悪いかは置いといて、自分が身を削ってストラグル(努力、奮闘、苦労、闘い、あがき)してきたことを否定され続けて、自信を失い、目標を見失い、組織のなかで居場所を失ってしまう。

 

そのような、仕事に対する絶望を経験したかどうかが重要です。

上記の意見はいずれも、そのような経験を前提にしていません。

 

その意味で、落合陽一さんが『日本再興戦略』のなかで書いていた「ワークアズライフ」が大切です。

 

今は、ワークライフバランスという言葉が吹き荒れていますが、ワークとライフを二分法で分けること自体が(日本には)文化的に向いていないのです。

日本人は仕事と生活が一体化した「ワークアズライフ」のほうが向いています。

無理なく、そして自然に働くのが大切なのです。

オンとオフの区別をつける発想自体がこれからの時代には合いません。

無理なく続けられることを、生活の中に入れ込み複数行うのが大切なのです。

 

trrymtorrson.hatenablog.com

trrymtorrson.hatenablog.com

 

僕の場合の「ワーク」とは、「会社組織での仕事」という狭い意味を指します。

「会社組織のなかだけでの仕事」を仕事のすべてだと考えてしまうとドン詰まるのであって、もっと自分自身(ライフ)のための仕事の注力してはどうか。

 

結局、「ワーク」も「ライフ」もどっちも仕事なんですよね。

だから、苦痛でしかない組織労働から飛び出して、自分のための仕事を、無理なく、そして自然に働くのが理想です。

 

(本記事は、生成AI技術の協力を得て執筆しています)

 

本日の記事は以上です。

 

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