40代オッサンtrrymtorrsonの雑記

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【戦史研究13】南雲忠一と草鹿龍之介 ミッドウェー海戦の敗因『指揮官と参謀 コンビの研究』半藤一利 著

 こんにちは、40代オッサンtrrymtorrsonです。

 

 僕は戦史の専門家ではありませんが、あくまで趣味の範囲で個人的な観点でライフワークとして1945年の敗戦に至る真相を究明したいと思っています。

 その方法論として、これまでの12回のレポートで、軍人を中心に人物に焦点を当てる。また、時系列に並べた事件に焦点を当てる。こういうことを考えました。

 もう一つ話の前提として、「敗戦」「戦犯」といった「歴史的結果」から事件や人物を極力評価しないこと。軍人を性悪説で見ないこと。

 

 半藤一利さんの『指揮官と参謀 コンビの研究』という本があります。読みやすくて、戦史研究の入門書にぴったりの本だと思います。 

    

 

 今回取り上げる南雲忠一と草鹿龍之介は、ミッドウェー海戦において連合艦隊司令長官山本五十六大将の構想のもと、第1機動部隊を指導した指揮官と参謀です。

 

 前回山本五十六について書きました。

 山本はアメリカとの国力差から絶対に長期戦に引き込まれてはならないと考えていたが、旧来の邀撃作戦では、その危険性を回避することはできないとみなしていました(戸部良一他著『失敗の本質』)。  

     

  

 山本艦隊司令部は、真珠湾奇襲のあと、ポートモレスビー攻略、ミッドウェー作戦、フィジーサモア攻略、ハワイ再攻略というふうに、先手先手を打ってアメリカ太平洋艦隊の戦力をダウンさせ、戦争の主導権を取り続けることを画策します。

 ハワイ再攻略作戦は、ハワイに上陸して40万人の市民や軍人を捕虜にして、本土を窺う態勢をとる。いわばハワイを人質にして、アメリカ社会の戦意をくじくという大胆な案でした(保阪正康著『山本五十六の戦争』)。

 「ハワイ再攻略作戦」こそ、「短期決戦、早期講和」という山本の信念を貫徹するものだったのです。 

     

 

 山本五十六に託されたこの一連の作戦は、ミッドウェー海戦で航空機動部隊の大半を失い短期決戦の道を断たれただけでなく、太平洋戦争の日本の敗戦へと舵を切るターニングポイントとなりました。

 

 ミッドウェー海戦は、作戦そのものに無理があったこと、さらに戦術的失敗の原因について、さまざまな面から論じられてきた。二兎の目標を追った誤り索敵線の不備暗号の解読、あるいは爆装転換の遅れなど、ほとんど完膚ないまでに分析されつくしている。

 この海戦の敗北以後、日本海軍は積極的攻勢をとる術を失った。攻勢の主導権は米軍のほうに移ってしまった。戦争は、連合艦隊司令長官山本五十六大将がねらう短期決戦による和平への方途が、完全にとざされてしまい、最終的勝利のもくろみのない長期戦へとひきずりこまれたのである。(『指揮官と参謀 コンビの研究』)

 

◆ ミッドウェー海戦参加兵力の比較

 日本海軍:航空母艦4、戦艦2、重巡洋艦2、軽巡洋艦1、駆逐艦12

 米国海軍:航空母艦3、戦艦0、重巡洋艦5、軽巡洋艦3、駆逐艦17

 

 日本海軍の第1機動部隊は、空母「赤城」「加賀」「蒼竜」「飛竜」を擁し、第1機動部隊司令長官、南雲忠一中将と参謀長の草鹿龍之介少将は旗艦「赤城」に搭乗し、第2航空戦隊司令官山口多聞少将は、空母「飛竜」に座乗した。

 日本海軍は戦力においても将兵の練度においても米海軍を上回っていた。米海軍は空母「ヨークタウン」の応急修理をやっと間に合わせた寄せ集めのものだった。一方、米国は、戦場が自己の根拠地に近く、ミッドウェー航空基地を持っていること、レーダーの装備や無線通信能力においては日本軍を上回っていた。

 

 なぜ、日本海軍は敗れたのか?

 まず、米海軍情報部は、日本海軍の暗号の解読にほぼ成功していた。

 そのため、日本海軍の行動はほぼその全容を読まれ、米太平洋艦隊ニミッツ司令長官は、ミッドウェー周辺に寄せ集めながら戦力を集中的に投入できた。

 次に、ミッドウェー海戦において、「二兎の目標を追った誤り」とは何か?

 この作戦は、ミッドウェー航空基地を攻略することによって米空母部隊を誘い出し、これを捕捉撃滅しようとするものであった。

 つまり、この作戦の真のねらいは、ミッドウェー航空基地の占領そのものではなかった。この点で、山本司令部と南雲第1機動部隊の意思疎通が万全ではなかった。

 第1機動部隊は米空母部隊を索敵発見した段階で、すぐさま戦闘機と爆撃機による米空母部隊への先制奇襲攻撃をかける必要があったが、ミッドウェー島からの米航空部隊と米空母からの航空部隊に釘付けにされ、爆装転換の遅れもあり、先手が打てなかった。

 先手を打てなかった第一機動部隊は、「赤城」「加賀」「蒼竜」が相次いで米空母からの奇襲爆撃を受け、艦上機もろとも大炎上。その後「飛竜」も奇襲爆撃を受け、4隻の空母すべてを失った。

 

◆ 両軍の損害

 日本海軍:航空母艦4、重巡洋艦1、駆逐艦0、航空機300

 米国海軍:航空母艦1、重巡洋艦0、駆逐艦1、航空機147

 

 米空母の誘出をねらうことは、こちら側の所在を暴露してしまう可能性が高く、当然、逆奇襲を受ける公算があると予期しておかなければならなかった。

 相手から奇襲される前に先制奇襲するべく全神経を集中しなければならなかったのに、ミッドウェー航空基地の攻略に意識を向け過ぎた。これが一番の敗因ではなかったか。

 

 半藤さんの『指揮官と参謀』には、ミッドウェー敗北の一因となった海軍人事の弊害、南雲と草鹿の人物評と2人の関係性の機微についても記されています。

 

 南雲中将はミッドウェーの敗戦ののち、中部太平洋方面艦隊長官としてサイパン島の守備に当たるが、洋上に殺到してくる米軍を前にピストル自決しました。

 

 一方、元中将の草鹿龍之介は1945年10月15日予備役編入公職追放を経て化学肥料の会社の顧問を務めた(wikipedia)。

 マッカーサーCIC(対敵諜報部)部長エリオット・ソープ准将に戦犯容疑者のリスト作成を命じましたが、草鹿はそのリストに挙がらなかったようです。

 半藤さんによれば草鹿は戦後「ミッドウェーは、驕慢、それ以外に真の敗因はありません」と言い残し、昭和46年に狭心症で死去しました。 

 

指揮官と参謀 コンビの研究 (文春文庫)

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