40代オッサンtrrymtorrsonの雑記

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【戦史研究12】山本五十六と黒島亀人 太平洋戦争最大の敗北と山本評の謎『指揮官と参謀 コンビの研究』半藤一利 著

 こんにちは、40代オッサンtrrymtorrsonです。 

 私は戦史の専門家ではありませんが、あくまで趣味の範囲で、個人的な観点でライフワークとして1945年の敗戦に至る真相を究明したいと思っています。

 その方法論として、これまでの11回のレポートで、軍人を中心に人物に焦点を当てる。また、時系列に並べた事件に焦点を当てる。ということを考えました。

    もう一つ、話の前提として、「敗戦」「戦犯」といった「歴史的結果」から事件や人物を極力評価しないこと。軍人を性悪説で見ないこと。

 半藤一利氏の『指揮官と参謀 コンビの研究』という本があります。読みやすくて、戦史研究の入門書にぴったりの本だと思います。 

    

 これまで、本書から、石原莞爾板垣征四郎永田鉄山と小畑敏四郎、河辺正三と牟田口廉也、服部卓四郎と辻政信岡敬純と石川信吾、永野修身杉山元といった軍人コンビを取り上げてきました。

 ある意味、石原と板垣、河辺と牟田口、服部と辻、岡と石川あたりは、板垣や岡を除いて、戦犯指定から外れ、戦後も存命。多弁な者が多く、書き残されたものも多かった。分かりやすい。

 冒頭に書いたように、軍人を評価するとき「歴史的結果」だけ見て、性悪説で軍人を評価しない、ということを念頭に置いてこれまでレポートを書いてきたつもりです。

 しかし、牟田口や辻などについては、これまでの定説に従って酷評せざるを得ないという感想です。

 これまでのレポートで取り上げた人物は皆分かりやすさがありました。評価がしやすい。

 今回は山本五十六黒島亀人です。今回取り上げる連合艦隊司令長官山本五十六は、ミッドウェー作戦のほか一連の作戦の最中に戦死しました。

 山本五十六

 太平洋戦争において、筆頭に挙げられる日本の軍人と言えば、山本五十六ではないでしょうか。

 国際派軍人で知米家。誰よりもアメリカという国の力を知り尽くしながら、アメリカに真っ向勝負を仕掛けた張本人。山本は、自宅に「ナショナルジオグラフィック」を毎号アメリカから取り寄せて読んでいたそうです。 

 山本の評価は賛否両論で謎が多い。半藤氏の本を読んでも、そういう印象です。 

 岡敬純を取り上げたレポートで次のように書きました。

 「岡は軍務局長に就任してからは、軍務第二課長に石川を抜擢しました。石川だけでなく、高田利種軍務第一課長、富岡定俊軍令部第一課長、中原義正人事局長など、海軍中央を対米強硬、南進論者で固めるのに影響力を発揮しました」

 山本は、米内光政、井上成美とともに、岡ら対米強硬論者で固められた海軍中央部を嫌って真っ向から対立していました。

 半藤氏によれば、山本は、対米強硬派が推進した日独伊三国同盟の締結が、対米開戦を必至にするとみていました。

 山本が連合艦隊司令長官に就任した時には、すでに国全体を「対米開戦やむなし」という空気が支配していたのでした。

 山本には海軍中央に対する抜きがたい不信感がありました。

 連合艦隊の司令塔といえる重要な先任参謀のポストに、「変人参謀」「仙人参謀」「ガンジー」などとあだ名され、既成概念に捉われない異色の軍人であった黒島亀人大佐を置いたのは、明治以来の伝統的な邀撃作戦に拘り、「米国恐るに足らず」と声高に叫んでいた海軍統帥部への反逆でした。

 また、連合艦隊参謀長の福留繫少将と軍令部第一部長の宇垣纏少将のトレードを及川海相から打診されたとき、山本は断固拒絶しました。その理由は、宇垣が旧態依然とした大艦巨砲主義者であっただけでなく、軍令部第一部長という重職にありながら三国同盟に承認を与えたからでした。

 保阪正康著『山本五十六の戦争』によれば、山本は2回、アメリカの駐在武官を経験しています。フォードの自動車工場やテキサスの油田を見ただけで国力比は歴然としていると分析。アメリカの軍艦建造能力は日本の4.5倍、飛行機に至っては6倍であり、持久戦になれば勝ち目がないとみていました。 

     

 山本は、アメリカと戦うとなれば「短期決戦、早期講和」「政治は軍事に優先する」との考えを固めていました。

 山本と黒島は真珠湾奇襲作戦を固めていました。

 【戦史研究10】の記事で「なぜ真珠湾を爆撃するような飛躍した作戦に出たのか?」という問題提起をしました。

 繰り返しになりますが、山本はアメリカとの国力差から絶対に長期戦に引き込まれてはならないと考えていたが、旧来の邀撃作戦では、その危険性を回避することはできないとみなしていました(戸部良一他著『失敗の本質』)。 

     

 山本艦隊司令部は、真珠湾奇襲のあと、ポートモレスビー攻略、ミッドウェー作戦、フィジーサモア攻略、ハワイ再攻略というふうに、先手先手を打ってアメリカ太平洋艦隊の戦力をダウンさせ、戦争の主導権を取り続けることを画策します。

 ハワイ再攻略作戦は、ハワイに上陸して40万人の市民や軍人を捕虜にして、本土を窺う態勢をとる。いわばハワイを人質にして、アメリカ社会の戦意をくじくという大胆な案でした(保阪正康著『山本五十六の戦争』)。

 「ハワイ再攻略作戦」こそ、「短期決戦、早期講和」という山本の信念を貫徹するものだったのです。

  最高の軍人、山本五十六に託されたこの一連の作戦は、ミッドウェー海戦で航空機動部隊の大半を失い短期決戦の道を断たれただけでなく、太平洋戦争の日本の敗戦へと舵を切るターニングポイントとなりました。

 真珠湾奇襲によりアメリカ人の怒りを買った山本。日本の敗戦を決定的なものにしたミッドウェー海戦での敗北。結果が全てとすれば、山本の評価は最低となるでしょう。

 日本人として、山本五十六のほかにこの作戦を託せる人物が存在したでしょうか?山本に日本の命運を託した日本人は不幸だったといえるでしょうか?

 

 

 

指揮官と参謀 コンビの研究 (文春文庫)

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山本五十六の戦争

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  • 作者:保阪 正康
  • 発売日: 2018/12/15
  • メディア: 単行本
 

 

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