こんにちは、40代オッサンtrrymtorrsonです。
僕は昨年キツイ上司と組み、仕事の成果ではなく、上司の顔色だけ見て仕事する毎日が続きました。
仕事が回らなくなって辛くなり休職しました。
しかし、休職生活の中で本をたくさん読みメンタル立て直しを図ってきました。
「他人の時間」ではなく「自分の時間」を生きる。
自己犠牲の上に成り立つ仕事はやる必要はない。
「自己実現」の上に成り立つ仕事のみやるべきだ。
仕事を厭々やるのでは人生面白くない、「嫌な仕事は存在しない」と考える。
仕事も趣味も副業活動も、「自己実現」のためにやるのだ。
休職生活の中でこういう結論に達しました。
夢を実現するために行動する。そもそも自分の夢って何だろう?
ハイディ・グラント・ハルバーソン著『やり抜く人の9つの習慣』(ディスカヴァー・トゥエンティワン) を読んでから「自分の夢って何だろう?どんな人生を送りたいのか?何を目指しているのか?」という問いは、いつも頭の片隅に入れておこうと思っています。そうしないと、毎日サラリーマン勤めで擦り減っていくだけです。
改めて、「自分の夢を実現する」って何なのか?「自己実現」って何なのか?
ホリエモンは、著書『情報だけ武器にしろ。』(ポプラ新書)のなかで、次のように書いています。
「抽象的なことをダラダラ考えるクセ」と縁を切ることもおすすめだ。「やりがいって何だ?」「人生において幸福とは何だ?」「努力って何だ?」こんなことにいくら頭を使っても、残念ながら何も生まれない。本当に没頭できる「仕事」と「遊び」で自分の時間を埋め、さらに情報のシャワーを浴び続ければ、抽象的な問答に悩まされることはなくなる。
「自己実現」を考えるうえで、興味深い精神医学者・心理学者がいます。
ヴィクトール・フランクルです。
最近読んでいた榎本博明氏の著書『体育会系上司』(ワニブックスPLUS新書)のなかに、「自己実現」とは何かという問いに対する、フランクルの自説が登場します。
「ある事柄に尽力し、あるいはある人格を愛することによって、人間は自己自身を成就します。彼が自分の課題に夢中になればなるほど、彼が自分の相手に献身すればするほど、それだけ彼は人間であり、それだけ彼は彼自身になるのです。したがって、人間はもともと、自己自身を忘れ、自己自身を無視する程度に応じてのみ、自己自身を実現することができるのです。」(『生きがい喪失の悩み』フランクル)
我を忘れて何かの課題に夢中になったり、だれかに献身したりすることで、自己を実現することができる。そのように強調するフランクルは、人間存在の本質は、自己実現ではなく自己超越性にあるという。
では、自己超越性とは何なのか。
「『自己超越性』という言葉は、人間であるということが常に、自分自身とは別の何か、自分自身とは違う誰かに向かって存在することだという、根源的な人間学的事実を意味している。(中略)人間存在のこの自己超越性を人が生きぬくその限りにおいて、人は本当の意味で人間になり、本当の自分になる。そして人がそのようになるのは、自分自身を自己の実現に関与させることによってではなく、むしろ逆に自分自身を忘れること、自分自身を与えること、自分自身を見つめないこと、自分自身の外側に心を集中させることによってなのである。(『〈生きる意味〉を求めて』フランクル)
「自己実現と呼ばれているものも、自己超越によってもたらされる意図せざる効果であり、意図せざる効果のままに留まっていなければならない。自己実現を意図的な目標にしてしまうことは破壊的であると同時に自滅的である。」(同書)
ちょっと難解ですね。
休職で挫折したのをきっかけに、これから「自己実現」を「人生の目標」にしていくと冒頭に書きましたが、フランクルは「自己実現を目標にすることは自滅的だ」と言っています。
自分の心に留まって「自己完結」や「自己満足」で終わってしまっては自己実現したことにならない。
我を忘れて何かに没頭し続ける、あるいは誰かのために夢中になり続ける限りにおいて自分自身でいられる。
僕のへこたれレベルでは、まだ「自己実現」を語る資格はないようです。
あのー、仕事や上司との関係、家庭内の問題など、自分以外のことに忙殺されてメンタル不調になったんですけど・・・。
このような事例はどう考えればよいのでしょうか? フランクルさん。
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ヴィクトール・フランクルはオーストリアの精神科医、心理学者。
第二次大戦中、ナチスの強制収容所テレージエンシュタットに入れられ、父、母、妻もそれぞれ収容所で亡くなりました。
アウシュビッツ、テュルクハイムに移送され、1945年4月に解放されました。
ナチス収容所での体験を元に著した『夜と霧』が有名で、今も読み継がれています。
極限的な体験を経て生き残った人であるが、ユーモアとウィットを愛する快活な人柄であったそうです。
アドラーやフロイトに師事して学んだ学問と、自らの体験から、上記のような「自己実現」「自己超越性」に関する持論が培われたのだと思います。
本日の記事は以上です。
☟『夜と霧』ヴィクトール・フランクル(みすず書房)
☟『体育会系上司』榎本博明(ワニブックスPLUS新書)