40代オッサンtrrymtorrsonの雑記

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国家の指導者が責任の所在を曖昧にし、言葉遊びに興じる。トランプVSバイデン討論会とインパール作戦

 こんにちは、40代オッサンtrrymtorrsonです。 

 

 トランプ大統領とバイデン前副大統領の討論会をリポートしたニューヨーク在住ジャーナリスト、佐藤則男氏のニュース記事に考えさせられた。これについて書きます。

 

 

 例えばコロナ問題では、トランプ氏は21万人もの死者が出ていることに対する責任を司会者から問われ、「自分がいなければ200万人が死んでいたはずで、その人たちの命を救ったのだ」と強弁した。

 一方のバイデン氏は、「トランプ大統領は(コロナを過小評価するコメントを出すことで)パニックを防ごうとしたというが、本当にパニックになっていたのは国民ではなく彼のほうだ」と論難した。いずれも無内容な言葉遊びにすぎない。

 トランプ氏は現職大統領なのだから、コロナ対策に責任を負うのは当然である。

 彼は、2月はじめには国家安全保障担当補佐官から、これは大変な新型ウイルスであると警告を受けていながら何もしなかった。バイデン氏が指摘したように、それは「国民をパニックにさせないためだった」と後に述べたが、事実はおそらく違う。

 元国務省幹部のA氏は、「おそらく大統領は補佐官の警告を無視したのだろう。それほど重大だと考えなかったのだと思う。その誤解に気づいたときにはすでに遅く、パンデミックが始まっていた。その失態を覆い隠すため嘘を重ねる必要が生じ、そのせいで事態はさらに悪化していった」と推測した。

 

 佐藤氏は、トランプ氏の発言もバイデン氏の発言も、いずれも無内容な言葉遊びにすぎないとコメントしている。秀逸です。

 

 この記事を読んで連想したのは、太平洋戦争中の陸軍大本営南方軍ビルマ方面軍、第15軍の作戦指導です。戦死者およそ3万人、傷病者4万人を出して最も無謀な作戦と言われたインパール作戦です。 

    

 

 

 1943年3月、大本営ビルマ防衛を固めるために、ビルマ方面軍を新設。司令官に就任した河辺正三は着任前、首相の東條英機大将に太平洋戦線で悪化した戦局を打開してほしいと告げられていた。

 同じ時期、牟田口廉也中将がビルマ方面軍隷下の第15軍司令官へ昇進。インパールへの進攻を強硬に主張した。しかし、大本営では、ビルマ防衛に徹するべきとして、作戦実行に消極的な声も多くなっていた。

 それでもなぜ、インパール作戦は実行されたのか? 大本営の杉山参謀総長が最終的に認可した理由が作戦部長の手記に書き残されていた。

 「杉山参謀総長が『寺内(総司令官)さんの最初の所望なので、なんとかしてやってくれ』と切に私に翻意を促された。結局、杉山総長の人情論に負けたのだ。」(眞田穰一郎少将手記)

 冷静な分析より組織内の人間関係が優先され、1944年1月7日、インパール作戦は発令されたのだ。

 

 予測された通り、イギリス軍との本格的な戦闘「コヒマの戦い」を迎える前に、物資食糧補給は困難になっていた。

 

 日本軍の最高統帥機関、大本営は戦場の現実を顧みることなく、一度始めた作戦の継続に固執していた。東條大将の元秘書官は、現地で戦況を視察した大本営の秦中将が東條大将に報告したときの様子を語っている。

 「報告を開始した秦中将は『インパール作戦が成功する確率は極めて低い』と語った。東條大将は、即座に彼の発言を制止し話題を変えた。わずかにしらけた空気が会議室内に流れた。秦中将の報告はおよそ半分で終えた。」(元秘書官 西浦大佐の証言)

 この翌日、東條大将は天皇への上奏で現実を覆い隠した。

 「現況においては辛うじて常続補給をなし得る情況。剛毅不屈万策を尽くして既定方針の貫徹に努力するを必要と存じます」(上奏文)

 

 杉山元参謀総長の現状分析無き言葉遊び、そして東條英機首相の天皇に対する不遜で無内容な言葉遊び。

 インパール攻略はほぼ絶望的となっていた。

 

 司令官たちはそれでも作戦中止を判断しなかった。6月5日、牟田口司令官のもとにビルマ方面軍の河辺司令官が訪れた。お互い作戦の続行は厳しいと感じながら、その場しのぎの会話に終始した。

 

 河辺は牟田口が作戦中止を切り出すのを期待して黙っていた。牟田口も内心で作戦続行は困難だと思っていたが本心を明かせなかった。牟田口は戦後に「私の顔色で察してほしかった」と苦しい弁明をしています。 牟田口も河辺も最後の最後まで戦場に対する分析と想像力を持たぬまま言葉遊びに終始しました。

  インパール作戦当時の上層部、首相の東條英機大将、大本営杉山元参謀総長南方軍総司令官の寺内寿一、ビルマ方面軍司令官の河辺正三、そして第15軍司令官の牟田口廉也

 このときの上層部は、多くの兵士が死んでいる戦場への想像力の欠如、現実を見ず言葉遊びに終始する作戦指導を行っていたと思います。

 

 冒頭に書いたように、困窮する国民の実態に目を向けず、「言葉遊び」に終始するトランプ氏とバイデン氏の討論と同じ構図です。

 

 国家の指導者がその責任の所在を曖昧にし、言葉遊びに興じる様子を見ると、「歴史は繰り返される」とはこういうことをいうのだと思わされます。 

 

☟『太平洋戦争 日本の敗因4 責任なき戦場インパールNHK取材班編(角川文庫) 

 

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